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青砥武平治(あおとぶへいじ)

印刷用ページを表示する 掲載日:2013年11月11日更新

1713年(正徳 3年)~1788年(天明 8年)
青砥武平治は、江戸時代中期の村上藩下級武士で、三面川の鮭の自然保護増殖に成功した人物です。

 鮭公園にある青砥武平治像の写真
  

青砥武平治と村上の鮭文化

村上の鮭の歴史は古く、平安時代にまで遡り、三面川の鮭が都に納められていた記録が残されています。
江戸時代中期になると村上藩の大切な資源である鮭は不漁や乱獲などで漁獲量が減少します。そこで、青砥武平治は、鮭は生まれた川に必ず帰ってくるという鮭の回帰性に目をつけます。土木技術にも長けていた青砥武平治は「種川の制」を考案し、造成に取り組みました。「種川の制」とは、川に分流を設けて、そこに鮭を導き、産卵させ、産卵が終わるまで禁猟とした鮭の自然ふ化増殖システムです。
「種川の制」の導入により、三面川で獲れる鮭は多くなり、村上藩の財政に大きく貢献しました。「種川制度」は1794年(寛政6年)に完成したとされており、これは鮭のふ化事業が世界で初めてカナダなどで行われたと言われる140年も前のことでした。
青砥武平治は世界で初めて自然保護増殖を成功させ、村上の鮭文化に寄与した偉大な人物です。    

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