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平林城跡居館跡

記事ID:0021946 更新日:2020年4月11日更新 印刷ページ表示

殿屋敷

 殿屋敷は居館跡の3つの曲輪の中で一番奥に位置しています。小字名にその名を残すことから、城主の屋敷跡と推測されています。曲輪の規模は南北約100メートル、東西約150メートルで三角形のような形をしています。
 北東側は小金鉢沢川、北西側は滝矢川と接しており、南と東側は堀と土塁で囲まれています。

(1) 表虎口

表虎口1 表虎口2 左:昭和49年調査、右:平成24年調査

 昭和49年に表虎口で発掘調査が行われました。殿屋敷と中曲輪を画する殿堀の底からは径18センチメートル前後の橋脚が6本見つかりました。また、表虎口からは門の礎石が3個見つかっています。1個は残念ながらなくなっていました。

(2) 表虎口石組排水溝

表虎口(1) 表虎口(2)

 殿屋敷の中央部から表虎口を通して南堀に排水するための素掘りの溝を調査したところ、表虎口付近だけは大小の石を整然と積み上げている石組みの溝でした。溝の強度をはかるとともに、庭石のように見せるための工夫だと思われます。この溝は土塁の下を通り、前面の南堀に排水されます。

(3) 色部氏主殿 

 主殿

 殿屋敷の中心部(主郭)から見つかった大型の掘立柱建物です。その規模は東西25.3メートル、南北26メートルで推定される床面積は658平方メートルです。出入口は南側の隅に作られ、西側からは建物に囲まれる形で井戸が見つかっています。主郭の中では最も大型の建物であることから、色部氏の主殿と考えられます。

(4) 北郭建物跡

 北郭建物跡

 東土塁の方向とほぼ平行に作られた掘立柱建物跡が2棟見つかっています。1棟は規模が推定13.7×9.8メートルで床面積は134平方メートルです。山側からの雨水の侵入を防ぐために北辺と東辺には排水溝が掘られていました。もう1棟もこの建物と同じ方向で建てられていましたが、一部建物が重複するため、この2棟は同時に建てられてたのではなく時間差があることが分かっています。

(5) 方形竪穴状遺構

 方形竪穴状遺構

 殿屋敷の西側から見つかった一辺が約2.8メートルで深さ35センチメートルの竪穴状遺構です。北壁際の床面に炭化物が集中している箇所があるほか、鉄板や鉄のくずが見つかっていることから作業小屋として使われていたと考えられます。

(7) 東土塁

東土塁 東土塁南免

 東土塁の南側約40メートルが大正期に農地造成のため削平されてしまいましたが、その断面を精査して土塁の作り方を確認しました。その結果、まず東堀を掘った土を盛り、その後に礫の混じった黄褐色土を重ねて造成したことがわかりました。土は2メートル程度もりあげたことになります。なお、土塁の東側に作られた東堀は、断面形が薬研堀で、表虎口に面する南堀はのちに作り替えた箱堀です。

中曲輪

 居館部の殿屋敷と岩館に挟まれています。東西約80メートル、南北約100メートルの方形の曲輪で、北側は殿屋敷と南堀で、岩館とは鉤形土塁と空堀で接しています。また、南側は旧崖、東側は山城との間を区切る土塁と空堀で囲まれています。曲輪の中はいくつかの方形の区画割が認められます。これまで、わずかな範囲しか調査していないため、曲輪の性格はわかっていません。また、中曲輪の最高位地点が色部氏の主殿があったと考えられる殿屋敷よりも高所であることなど、なぞの多い曲輪です。

弁天虎口

弁天虎口(1) 弁天虎口(2)

 中曲輪の北西に位置するS字形に屈曲する桝形の出入り口で、平林城の大手口とされています。平成30年度の調査では排水側溝と考えられる2条の溝と、その溝の間から敷石状の城内道が見つかりました。溝と溝の間の道幅は約4.4メートルでした。

岩館

 居館部最大の曲輪で、その規模は東西約200メートル、南北約90メートルです。北西、北東、南西にそれぞれ虎口(出入口)があり、西側および北側と南側の一部に土塁が残ります。東側は鉤形の大型土塁と空堀で中曲輪と接しています。曲輪の中は雛壇状に大きく3つに区画されています。

岩館北虎口

北虎口

 岩館の北西側に位置する土塁に囲まれた内枡形の出入り口です。城外と接する大手の門は見つかっていませんが、岩館の南部や南虎口へ向かう方向に、小門の柱穴が見つかり、その周囲には小石を敷き詰めた敷石状遺構が確認されました。

(2) 城内道

城内道

 北虎口と東虎口を結ぶ幅6メートルの城内道が確認されています。土塁や側溝によって区画されていました。

(3) 井戸

 井戸

 岩館の東側の区画で見つかりました。直径1.7メートルの素掘りの井戸で、中からは陶磁器や漆紙(漆つぼのフタに再利用した書き損じの和紙)、木製品の下駄が出土しました。